長崎・軍艦島 その3 ― 2024年10月29日 00:16
部屋から見た日の出前の様子。水面に空がきれいに映っています。
朝食は、意外とシンプル。でも、手の込んだ料理でした。
ホテルを出て雲仙ロープウェイを目指して走っていると、途中に展望台がありました。
仁田峠第二展望所だそうです。
平成新山を眺めることができます。
反対側には眼下に天草諸島が広がっていました。
ロープウェイで約3分。妙見岳駅からの眺め。遠くに山麓駅である仁田峠駅が見て取れます。
妙見岳駅の近くには展望所が整備されていました。
雲仙ロープウェイのHPはこちら。
下山し、次は海沿いにあるがまだすドーム(雲仙岳災害記念館)へ。
「がまだす」とは、島原地方の方言で「がんばる」という意味だそうです。
1990年11月17日、雲仙岳が198年ぶりに噴火。
1996年6月に終息するまでの約6年間で1万回近くの火砕流が観測されました。
中でも1991年6月に発生した大規模火砕流は43名の死者・行方不明者、焼失建物179棟という大規模な火山災害となりました。
1996年6月に終息するまでの約6年間で1万回近くの火砕流が観測されました。
中でも1991年6月に発生した大規模火砕流は43名の死者・行方不明者、焼失建物179棟という大規模な火山災害となりました。
火砕流や土石流などで地域に甚大な被害を与えた雲仙岳噴火災害。
その教訓を正確に後世へ伝えるため、土石流が海を埋めてできた新しい土地に建設したのが日本初の体験型火山ミュージアム「がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)」なのです。
その教訓を正確に後世へ伝えるため、土石流が海を埋めてできた新しい土地に建設したのが日本初の体験型火山ミュージアム「がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)」なのです。
当時の様子はニュースで盛んに報道され、私もよく覚えています。
がまだすドーム展望台からの雲仙岳です。
で、この写真の右端に何やら青い物体が。
拡大してみました。
サッカー日本代表のユニフォームを着た巨大な坂本竜馬像でした。
調べてみると、2010年のワールドカップのときに、東京の代々木体育館に設置されていて、のちに坂本龍馬ゆかりの島原市に寄贈されたものだそうです。
20mほどの大きさです。
がまだすドームのHPはこちら。
続いて、土石流被災家屋保存公園へ。
雲仙普賢岳噴火時の土石流災害により被災した家屋9棟がそのまま保存されている全国でも珍しい公園です。
また公園内の3棟は風雨から守るため大型テント内に保存されています。
土砂物の流れてくるスピードが緩やかだったため、建物は倒壊せず土砂物に埋もれたそうです。
家屋は平均約2.8m土砂に埋没しており、土石流災害の恐ろしさを後世に伝えています。
およそ30年前に起きた未曾有の災害を今に伝える施設が島原にはたくさんあります。
3回に分けてお伝えした長崎旅行の報告はこれにて終了です。















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